読書感想

新型肺炎,コロナウイルスと伊坂幸太郎

こんにちは,ナニモノです。

1月下旬から中国武漢を発端に発生した新型肺炎(新型コロナウイルス,COVID-19)が,日本でも猛威を振るっている。2月下旬において,国内での感染者は100人を超え,亡くなった方も発生した。一方,国外では感染者数は76千人,死亡者は2000人を超えた。この数字は,2005年に世界で流行したSARSよりも死亡率は低いものの,感染率はそれの比ではないようだ。このことは,ウイルスそのものの感染強度はさることながら,ボーダレス化が格段に向上し,世界の人々が気軽に海外に行けるようになったことが要因として挙げられよう。

国内に目を戻すと,まず注目されるのがマスク問題である。この数週間,全国各地を出張したが,僻地のドラッグストアにおいてもマスクは入荷後即完売,「おひとり様1個まで」という張り紙は数十年前のオイルショックを彷彿とさせる(当然,その時代には私はまだ生まれていないのだが)。メルカリなどを見ると,通常の10倍以上の値段でマスクが売られており,少々がっかりもしたが,新型肺炎のウイルスにマスクがあまり効果のないような情報もあり,なんだかなあと思ったりもした。電車に乗ると,昨年よりもマスクを着けていらっしゃる方は明らかに増え,まあ新型肺炎は予防できなくても,インフルエンザや普通の風邪の予防の一助となるのなら,と思い直したりもした。

また,特に首都圏ではテレワークなどの柔軟な働き方もより推奨されるようになったようだ。都内の朝の通勤ラッシュはまさに殺人的で,これでは新型肺炎やインフルエンザも罹る可能性も高まるよなと思っていたので,こうした動きは非常に喜ばしく思う。なお,弊社は重要機密を扱っていることが多いため,なかなか社外勤務が進んでいない。労働者を殺すのは,ウイルスというよりも伝統的日本企業なのかもしれない。冗談じゃない笑

 

こうした報道を連日目にするようになり,ふと先日読み終えた本を思い出した。それは伊坂幸太郎著「クジラアタマの王様」である。簡単にあらすじを紹介すると,主人公はとある製菓会社の広報の男性である。製品のマシュマロから画びょうが入っていた,という(いわゆるよくある)クレームから物語は動き出す。この主人公や周囲の人々が直面する理不尽や争いのなかで,物語は大きく進んでゆく。章の間には,ファンタジーの世界の中で巨大な生物と戦う兵士たちの漫画も挟まれ,文章と漫画がどのように有機的に繋がっていくのかを追っていくのが非常に面白い作品である。

さて,私がなぜこの本を思い出したかというと,今の世界の状況と物語の一部が非常にリンクしていると感じたからである。物語の世界では鳥インフルエンザが猛威を振るう。人への感染によって死者が発生する事態となり,日本でも感染者が発見される。それが主人公の家の近所の住民であった。やがて,主人公の娘も感染が確認され,隔離されることになる。出張中で留守にしていたため,主人公は感染することを免れたが,自分の娘が感染することは自分自身が感染することよりも辛いことであろう。一方,主人公の娘が感染したことはネットで瞬く間で拡散され,主人公はマスコミから追い立てられ,心身の疲労から倒れてしまう。こうした危機的状況を打破しようとしたのが,主人公の友人の国会議員とイケメン芸能人である(なぜ只のサラリーマンとこの二人が友人なのかは実際に作品を読んでいただきたい)。国会議員は,このウイルスの蔓延を数年前から予期しており,ワクチンと治療薬を秘密裏に製造していたのである。主人公達はこれらを製造していたこと,これにより感染に歯止めがかけられることを公表しようとするが,当然ながら邪魔が入る。外国の製薬会社である。なぜか?これが流通すると自社を含む海外製品のシェアが減るからである。三人は日本を救えるのか。運命やいかに。

 

この作品が発売されたのは2019年7月である。今の状況を予期して執筆されたはずもないが,今の日本とリンクする部分も多いのではないのだろうか。ウイルスが蔓延する時の人々の凡庸な悪意。マスコミの傍若無人な振る舞い。ワクチンや治療薬を供給する側の権力関係や利害。人間の汚い,本来は隠したいけれども,ふとした拍子に晶出する部分がリアルに炙り出されていると思う。一方,人々の絆,困難に立ち向かうことの重要さも鮮やかに描いている。小さなうねりが何個も混ざり,重なり合って,大きなうねりになる,伊坂作品に通底する哲学みたいなものが明瞭な輪郭として表れた作品と感じた。なお,他にも様々なストーリーが書かれてもいるので,それらも併せて読んで頂きたいと思う。

 

今後も新型肺炎は感染が拡大するであろう。マスクは供給が追い付かず,テレビでは学者が日々意見を述べ,何が正解で,何が間違いか分からない予防策がネットの海に流布されるであろう。こうした不安な世の中に,「クジラアタマの王様」は一定の示唆と勇気を与えてくれると思う。まあ勇気を貰っても肺炎に罹りにくくなったり,早く治ったりするわけでもないが,とはいえ良い作品なので是非多くの人に読んでもらいたいと思う。おわり